トラスコ中山【9830】工場用副資材の多品種在庫と即納で日本のモノづくりに貢献する
今回は、機械工具の専門商社、トラスコ中山【9830】のIR部門を訪問してきました。
トラスコ中山東京本社の所在地は、東京都港区新橋四丁目28番1号 トラスコ フィオリートビルです。
JR新橋駅から徒歩5分のトラスコ フィオリートビルが立地するのは、新橋・虎ノ門再開発事業の象徴でもあるメインストリート、新虎通りに面しています。
この自社ビルは、新虎通りやその地下を走る環状2号線の開通、虎ノ門ヒルズ森タワーの竣工と同じ年の2014年に竣工した地上12階建てのビルです。
このビルの計画中に東日本大震災の発生があったことで、免震構造や非常用電源など、より災害に強い設計に変更され、完成したビルです。
1. 工具卸としては最後発のスタート
トラスコ中山の始まりは、現代表取締役社長 中山哲也さんの父親である中山注次(なかやまちゅうじ)さんが、哲也さんの誕生をきっかけとして始めた「中山機工商会」がルーツです。
哲也さんは1958年12月に難産の末に生まれます。この時、鉗子分娩が行われた結果、両目が見えない状態で生まれてきたそうです。
その後半年が経過し、片目は見えるようになったそうですが、もう一方の目は視神経損傷による失明でした。
それまで注次さんは、大阪で機械工具卸商に勤めていましたが、片目を失明した息子の将来を案じ、独立することを決意します。それが1959年5月の中山機工商会創業となったわけです。
戦後の高度経済成長期に入っていた創業当時、中山機工商会は工具卸商としては最後発のスタートでした。
そのため従来から機械工具商社が扱っていた商品の代理店権を獲得できないこともありました。
そこでスタートにあたって注次さんが考えた戦略は「機械工具業界の枠にとらわれない商品構成」。
工場で使われるモノは何でも売ろう、という方針でした。
当時卸売業は専門化が進んでいて、電気工具卸、大工道具卸、塗装資材卸などいくつもの専門卸売業者が存在し、金物店などの小売店はそれぞれの卸売業者から仕入れ、商品を揃えていました。
これはいわばメーカーのプロダクトアウトが商流になった形でした。
一方で、工具の最終ユーザー「工場で作業する人達」を得意先に持つ小売店は、「工場で使われる副資材全て」を揃えている卸店があれば、その卸店だけで商品を仕入れられるので便利です。
中山機工商会は昭和30年代前半という時代において、結果的にユーザー目線、つまりマーケットインの考えで事業を始めたということであり、事業進展の一つのポイントだったと思います。
創業後、順調に業績を伸ばし、注次さんは約5年後の1964年に中山機工株式会社を設立し、法人化します。
またこの年に、総合カタログ『中山商報』が創刊されています。
その後は取扱商品を増やしながら、販売先もホームセンター業界を開拓するなどして、飛躍的に売上を伸ばします。
そして哲也さんが大学を卒業して中山機工に入社した1981年には、売上300億円を超える会社になっていました。
中山機工は1989年には日本証券業協会に店頭登録し、IPOを果たします。これにより、経営管理の近代化が図られました。
その5年後の1994年には、1月に社名を現在のトラスコ中山株式会社に変更し、4月には大証2部への上場や初の物流センター「プラネット九州」の開設、12月には注次さんから哲也さんに代表取締役社長のバトンタッチが行われるなど、大きな変化がありました。
社長就任当時、時あたかもバブル経済崩壊後の不況の中で、中山哲也さんは35才でした。
1996年には東証・大証一部へ上場し、また物流を強化して行き、注文品を販売店に即納するための在庫・配送体制を整えて行きました。
受注ツールに関しても2000年に「中山商報」をリニューアルした商品カタログ『オレンジブック』を発刊。2002年にはインターネット受注システムを稼働させます。
こうして、現在の経営の根幹となる「在庫・物流・情報・システム」の仕組みづくりを進めていきました。
2003年には「自社の使命は日本のモノづくりをサポートすること」という原点に立ち返り、経営政策を見直し、取扱商品は「プロツール」に特化して、モノ作りからかけ離れた商品の取扱いはやめていきました。
また、2005年には手形取引を全廃し、仕入も販売も全て現金取引(仕入は月末締め翌月10日払い)にしました。
2010年以降も在庫管理~物流システムへの先行投資が積極的に行われており、またネット通販(EC)企業も顧客に加わって売上は拡大し、2018年12月決算の売上高は2142億97百万円に達しました。
中山哲也社長が入社した1981年度と比べると、37年間で7倍の成長を記録しています。
また会社創業以来約60年間、一度も赤字を出したことがないという、優れた経営を続けています。
2. 高い粗利率実現の理由は?
それではトラスコ中山の事業の中身を見ていきましょう。
事業は機械工具など工場用副資材の卸売業です。小売は一切行っていません。
先述のとおり、2018年12月決算の売上高は2142億97百万円、経常利益146億42百万円、当期純利益97億22百万円です。
事業セグメントとしては得意先の種別ごとに、4セグメントで報告されています。
売上高構成比78.9%の「ファクトリールート」(機械工具商等)、構成比14.43%の「eビジネスルート」(ネット通販企業)、構成比6.3%の「ホームセンタールート」と構成比0.45%の「海外ルート向け」となっています。
トラスコ中山の事業の特長を見る上で、主な上場機械工具商社との財務比較を見てみましょう。
社 名 | 証 券 コード |
売上高 (百万円) |
売上総利益 (百万円) |
経常利益 (百万円) |
売上総利益 率 |
経常利益 率 |
決算期 |
トラスコ中山 | 9830 | 214,297 | 45,491 | 14,682 | 21.2% | 6.98% | 2018年12月 |
山善 | 8051 | 526,364 | 69,626 | 17,859 | 13.2% | 3.4% | 2019年3月 |
ユアサ商事 | 8074 | 493,627 | 47,702 | 13,437 | 9.7% | 2.7% | 2019年3月 |
日伝 | 9902 | 124,604 | 18,110 | 6,774 | 14.5% | 5.4% | 2019年3月 |
NaITO | 7624 | 50,014 | 5,484 | 1,175 | 11.0% | 2.3% | 2019年2月 |
杉本商事 | 9932 | 45,417 | 8,500 | 3,297 | 18.7% | 7.3% | 2019年3月 |
鳥羽洋行 | 7472 | 29,066 | 4,284 | 2,004 | 14.7% | 6.9% | 2019年3月 |
*この表の企業は、バリュートレンドで「工業専門商社」に分類されている企業の中から、アクションラーニングが任意に選択したものです。
この比較表で見る限り、トラスコ中山の売上総利益率(粗利率)は高く、経常利益率も高いレベルにあります。
売上1000億円以上の会社との比較で、その理由を探ってみると、山善、ユアサ商事、日伝の各社は、大型産業機械や専門システムなど、見積競争を伴う高額商品の取扱いも多く、売上高を引き上げています。
一方トラスコ中山の取扱商品は、機械といっても電動工具などのハンドツールが主で、多くの工場や作業場で使われる汎用ツールがほとんどで、高額な産業機械は取り扱っていない、という違いがあります。
そのためトラスコ中山の注文1回あたりの平均価格は7,000円~8,000円程度ということです。
汎用ツールといってもあくまでもプロの作業者が使う「プロツール」であり、高度な作業に堪える品質を持った商品です。粗悪な格安品の扱いはありません。
では、汎用のプロツールが、なぜ高い利益を生むのでしょうか?
その秘密は「在庫」と「配送」にあります。
在庫についてですが、トラスコ中山が取り扱っている商品は約216万アイテム(2019年9月現在。以下同じ)もあり、その中で在庫しているのは約39万アイテム。
在庫金額にして約432億円にもなります。
流動資産に占める在庫金額は、実に約56%にもなります。
これが山善では約15%(約312億円)、ユアサ商事では約8%(約166億円)です。
2社とも売上高がトラスコ中山の2倍以上もある企業ですので、トラスコ中山の在庫がいかに大きいかわかるかと思います。
「在庫」は「仕入れていているが、売れていない」状態なので、極力圧縮するもしくは在庫回転率を上げるのが、一般的に良いとされています。
ところがトラスコ中山では、1個から、といった小量をできるだけ早く調達したいというユーザーニーズに応えるために、可能な限り幅広く在庫する方針を採っています。
そのため、在庫の指標は回転率ではなく、注文が自社の在庫からどれだけ出荷できたか、という「在庫ヒット率」を用いており、ヒット率を高める努力をしています。
現在の在庫ヒット率は、約90%にもなるそうです。
もう一つ大切なのが「配送」です。
在庫ヒット率が90%であっても、それがユーザーに届かなくては意味がありません。
そのためトラスコ中山に口座を開いている小売店には、1日2便の定期ルート配送をしています。
これにより注文当日もしくは翌日に商品が小売店に届けられます。しかもこの運賃は無料です。
現場で使う道具や消耗品は、1万円程度のものであれば、現場責任者が稟議決裁や見積比較をすることなく注文できる会社がほとんどだと思います。
また、商品が多品種にわたる副資材は、ユーザーも余分なストックを持っていないことが多く、都度調達するため、納品の早さがユーザーの満足度に直結します。
よって小売店としては、他の卸商と多少の値段の差があったとしても、圧倒的な在庫と即納体制を持つトラスコ中山と取引せざるを得ない、という状況になります。
もう一つ粗利率の高い要因として「TRUSCO」ブランドのプライベートブランド商品があります。
現在「TRUSCO」ブランド商品は56,800アイテム。
売上高にして400億円以上あり、売上全体の約2割を占めています。
このプライベートブランド商品の粗利率は35%以上あり、全体の粗利率を引き上げています。
「汎用プロツール」を多品種「在庫」し、素早く「配送」する体制を作り、「プライベートブランド」も多く展開するという戦略がトラスコ中山の強みとなり、高い利益率の源泉となっています。
こういったトラスコ中山の強みは、市場をどんどん拡大しているネット通販(EC)会社も引きつけます。
eビジネスルートのセグメント売上高は、5年間で3倍にもなり、トラスコ中山の成長を牽引しています。
この成長の背景には、ネット通販会社は、トラスコ中山の口座開設をするだけで即座に216万アイテムもの商品を売ることができるようになる、ということがあります。
ネット通販大手の中には、直接メーカーから仕入れる商品もありますが、売れる頻度が低い商品など、トラスコ中山の物流と在庫を利用したほうが効率よく調達できる商品も多く、かつ各通販企業の要望に合わせた物流加工を行って納品しているため業務効率も良いことから、トラスコ中山とはやはり取引をせざるを得ないようです。
3. 物流への積極投資
トラスコ中山のコアコンピタンスである在庫~配送、すなわち自社の物流システムに対しては、以前から積極的な投資を続けています。
現在全国17カ所の大型物流センターと9カ所のストックセンターの在庫に加え、全国30の営業支店でも在庫を持ち、毎日1便ないし2便が小売店に定期配送するルートを確立しています。
その中でもトラスコ中山の最大の物流センターが、2018年10月に稼働を始めた「プラネット埼玉 物流センター」です。
プラネット埼玉は、総投資額200億円を投じて、圏央道幸手インターチェンジ近くの14,000坪超の広大な土地に建てられた、地上4階建ての物流センターです。
物流設備として、自動倉庫はもちろんのこと「AutoStore(オートストア)」と呼ばれる高密度収納システムや「Butler(バトラー)」と呼ばれる自走型の搬送ロボットなども導入され、高効率出荷を実現する物流センターとなっています。
プラネット埼玉では、現在37万アイテムが在庫されていますが、2023年中には52万アイテムまで在庫を増やす予定になっています。
さらには、神奈川県伊勢原市のプラネット南関東建替、宮城県仙台市のプラネット東北増築、各物流センター設備更新など年間100億円を超える規模の投資を継続し、必要なものを必要な時に供給する体制を強化しています。
大型物流センターのプラネットから小売店、または支店やストックセンターへの配送は、毎日300台ものトラックが稼働しています。
そのうちの90台、約3割が社員による自社便の配送になっています。近い将来自社便を50%にまで増やしたい考えです。
人手不足が深刻、ドライバーのコストが上昇しているといわれる運送業界で、自社便を増やす狙いを聞いたところ、
「そもそも自社便化の取り組みは、人手不足に対応するためではなく、お客様へのサービスレベルを向上させるために始めた。毎日お客様を訪問するドライバーが正社員であれば、お客様から商品について聞かれても答えられるし、ユーザーニーズを肌で感じて会社にフィードバックすることもできる。安いコストでドライバーを採用するのではなく、当社は正社員として採用し、研修後各部署に配属する中で配送の役割を担ってもらう人達、と考えている。」
ということで、配送部門だからといって運送業界に倣うのではなく、他部署と同じようにコストを掛けて採用・教育し、付加価値を生む社員として育てていくという人材育成ポリシーの一端を伺うことができました。
4. 今後の計画と海外展開
トラスコ中山は、国内外メーカー2,559社の216万ものアイテムを取扱い、そのうち39万アイテムを在庫しています。これを2023年までに在庫を50万アイテムまで増やす計画です。
その計画は、物流への積極投資で見てきたとおり、各物流センターの増強で在庫可能アイテム数は着々と増加し、進捗しています。
また取扱いアイテムを増やすために、仕入先(メーカー)も積極的に増やしており、特に海外メーカー製品の取扱いアイテム増加にも力を入れています。
一方、海外での販売については、2010年にタイ、2015年にインドネシアにそれぞれ現地法人を設立しています。
しかし、海外の売上構成比0.45%が示すとおり、現地に進出した日系企業への納品が主であり、まだ成長途上です。
現在は、まだまだ拡大の余地がある国内に注力しているという状況で、日本国内での圧倒的な在庫、即納体制増強を主としています。
それにより売上高3000億円企業となった後、海外にも力を入れていきたいと考えているようです。
現在、タイ・インドネシアそれぞれに自社保有の倉庫を持っており、5~6万アイテムの在庫をそろえています。
即納ニーズは世界共通だとして、海外での在庫拡充も進めています。
5. 与信管理
競合他社との比較のところで、在庫金額(流動資産の中の「商品」の金額)の大きさに注目しましたが、もう一つ注目すべき項目があります。
それは流動資産の「貸倒引当金」が「△0」となっていることです。
貸倒引当金は、流動資産のうち、支払先の倒産等によって債権が現金化できなくなることに備えて、あらかじめ計上しておく金額のことです。
一般には過去の貸倒損失発生額に基づいて実績繰入率を計算し、それを売掛金や受取手形などの債権残高に掛けて算出します。
売掛金が258億円もある中で、この貸倒引当金の金額がゼロ(表記が「△0」となっているので、正確には50万円未満の貸倒引当金は存在する)ということは、過去数年焦げ付き(貸倒損失)がほとんどないことを意味しています。
5,000社以上の法人顧客と年間2000億円もの取引をしていて、ほとんど貸倒損失がないというのは驚異的です。
この背景のひとつとして、先に述べた「手形全廃」の効果があります。
トラスコ中山では仕入先への支払も、得意先である小売店からの支払も全て現金取引です。
一般的に手形で受け取った場合、受け取り日から60日から長くて120日後の現金化となります。
このように長い期間は、債務者の経営悪化のリスクが高まることにもなり、手形全廃はそのリスクを減らしています。
各営業支店においても、経営の安定した得意先との取引を継続するよう、取引先の与信管理もきっちり行われています。
また、トラスコ中山との口座開設にあたって、債権管理のルール上必要な場合は保証金を預かっているため、万が一の取引先倒産という事態に陥っても、その保証金でまかなえることがほとんどということでした。
決して単価の高くない商品で大量の在庫を持ち、素早い配送で利益を上げる事業の背景には、こうしたきめ細かい管理体制がしっかりしているからこそだと思いました。
インタビュー後記
中山哲也社長の母、清子さんの「視覚障がい者の方々のお役に立ちたい」との遺志を受けて、1997年に中山家から拠出されたトラスコ中山の株式400万株を基本財産、現金5億円を特定資産として中山視覚障害者福祉財団が設立されています。
神戸市中央区の中山記念会館に置かれたこの財団は、現在公益財団法人として、視覚障がい者支援団体への記念館施設貸与や視覚障がい者社会参加活動助成、視覚障がい大学生への奨学金給付などの助成事業、その他盲導犬貸与事業、音楽公演事業など、視覚障がい者のための公益事業を行っています。
これらの事業は、基本財産であるトラスコ中山株式の配当金で賄われています。
2021年3月には、神戸市兵庫区に延床面積が現記念館の約2倍の広さの、新中山記念会館が完成予定で、視覚障がい者への更なるサポートが期待されています。
こういった社会貢献活動の他にも、トラスコ中山は社員が安心して働ける職場の提供として「就業年数60年」を見据えた企業づくりにも取り組んでいます。
就業60年というと、18才で入社して78才、22才で入社したとすれば82才です。
高齢化が進む日本ではありますが、高齢者が働き続けられる環境の整備は緒についたばかりです。
トラスコ中山には、高齢になっても働ける社会をぜひ実現してもらいたいと思います。
以上
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