ピーバンドットコム(3559) ネットでP板。ITを活用したファブレス経営で急成長!
今回は、2017年3月に東証マザーズに上場したピーバンドットコム(3559)の本社を訪問して来ました。
ピーバンドットコムの本社は、千代田区五番町の国際中正会館ビルの10階にあります。このビルは、JR総武線市ヶ谷駅と四谷駅の間の、かつての江戸城外堀内側の台地にあり、周囲には住友大阪セメント(5232)の本社はあるものの、名門と言われる学校や文人ゆかりの地が点在し、樹木も多く、文教地区といった様子です。そんなビジネス街からは隔てられた静かな雰囲気の中で代表取締役社長の田坂正樹さんからお話を伺いました。
1.ピーバンドットコムの事業
ピーバンドットコムは、社名が表しているようにP板、すなわちプリント基板に関する事業を行っています。
「プリント基板」とは、ご存じの方も多いと思いますが、簡単に言えば、電子部品を固定する「土台」とその部品の「配線」を提供する部品の総称です。
昭和の時代に好奇心旺盛少年(または少女)だった方のなかには、食べ終わった後のカマボコ板に、電池ケースと小型モーターを打ち付けて、それを細い電線で繋いでモーターを動かした経験のある方がいらっしゃるのではないでしょうか。これは単純な電気回路ですが、電子回路において「カマボコ板」と電気信号を通す「細い電線」の役割を受け持つのが、プリント基板です。
なお、プリント基板のうち、絶縁体の基材の上に導体の配線のみが施されたものを「プリント配線板」といい、プリント配線板に電子部品が半田付けされて電子回路として機能するようになっているものを「プリント回路板」と言います。
ピーバンドットコムでは、1.プリント基板の設計、2.プリント配線板の製造、3.プリント回路板の製造(プリント配線板への部品実装)を主な事業としています。このうち2.のプリント配線板の製造(プリント基板製造サービス)が売上の柱になっています。
2.創業とビジネスモデル
田坂社長は「開発環境をイノベーションする」という経営スローガンの元、2002年に会社を創業しました。そして翌2003年にWebサイト「P板.com」を開設し、E-コマースで受注するビジネスモデルを実現しました。
プリント基板は、量産製品の部品として大量製造されるものもあれば、研究開発用途や試作用途などで1枚から数十枚程度の少量製造の需要もあります。ピーバンドットコムでは、主に後者の需要に応えています。
事業としては、大量受注・大量生産できる市場の方が良いように思えますが、この「少量製造の需要」に応えるところにフォーカスしたのが、ピーバンドットコムの鋭いところですね。
ピーバンドットコムでは製造基準を開示して「品質を見える化」するとともに「コスト合理化」を進めて、少量の発注でも明快で安価な価格表を提示しました。
「P板.com」が開設される以前は、少量のプリント基板製造を依頼する場合、発注者は、主に近隣のメーカーに問い合わせて見積・発注をしていたので、メーカーによって価格や品質にばらつきがあり、かつその差がわかりにくいという状況でした。
また、従来のプリント基板メーカーは、繁閑によって単価や納期が変わったり、そもそも少量製造を受け付けない、など「プロダクトアウト」そのもので、大学や高専、研究機関、個人ユーザーなど、少量しか発注しない人達にとっては、プリント基板を調達するのに結構な努力が必要でした。
発注者の中には、プリント基板さえも自作する強者(つわもの)もいるようですが、そもそも彼らの目的は製品開発(もしくはその試作)ですので、部品であるプリント基板づくりに時間とコストをかけたくないわけです。そこに「開発環境をイノベーション」する「P板.com」が開設され、皆が飛びついたというわけです。
コスト合理化の例としては、イニシャル費用があります。
プリント基板製造の原理は印刷と同様で、回路の「版」(パターン)を作成し、それを基材に転写して(その後エッチング等の各種処理をして)プリント配線板を作っていく、という流れになります。
つまりプリント基板1枚を製造するのも1,000枚製造するのも「版」は1パターンだけ作れば良いので、大量生産する場合は1枚当たりに配賦される「版」のコストが小さくなります。一方、少量生産の場合は1枚当たりに配賦される「版」のコストが大きくなるため、単価的に不利になってしまいます。
ピーバンドットコムでは「版」のコスト(「イニシャル費用」と呼んでいます)を、仕様の標準化や多種面付(大きな絶縁基板に、2種~数種の回路をプリントする)、版データのみの保管で物理版の保管をしない、などの合理化により極小化しました。
このビジネスモデルはネット受注印刷、いわゆる「印刷通販」とよく似ています。
印刷通販も多種面付けとサイズ・紙の種類の限定等による受注仕様の標準化などでコスト合理化を行い、価格表を公開したことで受注を獲得し、全体としては市場規模が縮小している印刷業界においても売上を伸ばしています。
両者ともインターネットの普及とE-コマースの活用により、全国から注文を集めた、という点でも似ています。
3.もう一つの特長「ファブレス」
田坂社長はピーバンドットコムを始める前は、ミスミグループ本社(9962)に勤めていました。ミスミグループ本社といえば、金型部品等のカタログ販売で成長した企業です。
ミスミは、価格決定がメーカー主導市場だった機械部品市場において、自らを「購買代理店」と称して「高品質・低コスト・短納期」をセールスポイントに、各種部品をカタログに掲載し、市場から受け入れられました。
また、ミスミは「持たざる経営」を標榜し、工場や機械設備、人員(製造・営業のみならず人事部門も)などを、極力自社で持たないいわゆる「ファブレス経営」で成長してきました。
そんなミスミの経営を経験した田坂社長にとっては、ピーバンドットコムも「持たざる経営」が当然であり、創業する際にも、自社で設計・製造・実装をするという発想は全くなかったそうです。
その結果、現在では年間18億3,000万円もの売上を上げながら、従業員はたった17名しかいません(2017年3月期)。言い換えれば17人で運営できるシステム、ワークフローを作り上げているところが特徴的であり、強みだと思います。
4.棲み分けている市場とシェア拡大余地
日本国内における電子回路基板の生産金額は約6,068億円あり(2016年、出所:日本電子回路工業会)、ピーバンドットコムの売上は約18億円ですから、シェアはまだ0.3%に過ぎません。
製品メーカー等から従来型の方法(対面)でプリント基板を受注生産しているプリント基板メーカーとしては、大企業だけでも50社以上あり、イビデン(4062)や日本CMK(6958)は、いずれもプリント基板関係だけで500億円以上の売上があると推定されます。
ロットにすると、概ね1万枚以上は大手が、数千枚以下はピーバンドットコムや中小のメーカーが主に受注する、というように、ある程度ロットによる棲み分けができている状況です。
国内の中小メーカーで、ネット受注をするところも増えてきているようですが、ピーバンドットコムは先行優位性を発揮できている上に、株式上場によって大企業の開発部門からの発注も増えてきたとのことでした。
海外競合を見てみるとWebでプリント配線板製造を受注するサービスもありますが、設計や実装まで一貫して行うところは見当たらないとのことでした。
5.海外戦略
一方で、海外市場への注力は、まだまだこれからのようです。その理由として、海外の市場においても差別化がきちんとできなくてはなりませんが、ピーバンドットコム差別化の源泉である価格が、海外では日本ほどの魅力を提示できない可能性があるためです。
現在国内で、「GUGEN Crowd」(グゲン クラウド)という人材マッチング・開発サービスを展開しています。新たなプリント基板を開発したいユーザーと、その基板を具現化できるエンジニアとをマッチングさせる、専門業的なクラウドソーシングサービスです。これによって、将来的にピーバンドットコムの製造サービスを利用してくれそうな潜在的な顧客を開拓することができます。このGUGEN Crowdサービスならば、海外でも展開しやすいかもしれませんね。
海外でも、製品が高度化するほど、その開発や試作などの需要が増加するのでチャンスはあると思います。それぞれの国において「開発環境をイノベーションする」ことを具体的に提示できれば、海外の需要を取り込めると思います。
6.景気循環の影響、市場の将来
電子部品と言うと、どうしても景気の波の影響を受けそうです。従来型の大量生産メーカーは、自動車や家電の需要が景気に左右されるため、影響を受けます。しかし、ピーバンドットコムの顧客は研究開発や試作がメインなので、新製品が出る前の試作段階で注文が多くなる傾向があります。ですから大量生産メーカーに比べると景気の影響は限定的と考えられます 。
また、自動車などではハイスペック(ハイグレード)になればなるほど、プリント基板が多種使われます。例えば、車用バックカメラにはプリント基板が使われますし、サイドミラーもカメラ化される流れにあります。
さらに今後の市場については、EV(Electric Vehicle 電気自動車)やロボティクス、宇宙産業、IoTなどの新分野では、いずれもプリント基板が多く利用されます。
例えばIoT分野では様々なセンサーが利用されます。センサーの内部には必ずプリント基板がありますから、IoT化が進んでセンサーに対する需要が増加すれば、必然的にプリント基板に対する需要も増加します。
一方で縮小している分野としては、デジカメやパチンコ台などが挙げられます。
このように、プリント基板は多岐にわたる業界で使用されています。景気循環する業界、しない業界、する業界であっても相互に打ち消し合うことも考えられますから、全体としてみれば、比較的安定した需要が存在すると言ってよさそうです。
企業訪問の感想
ピーバンドットコムは、プリント基板製造という市場において、大手メーカーがしのぎを削る「レッドオーシャン」である大量受注・大量生産を狙わず、E-コマースによって全国から小口受注を集め、需要に応える仕組みを作ったところが秀逸です。いうなればプリント基板市場の「ブルーオーシャン」を、最初に発見したということでしょう。
また、徹底したファブレスというのも特徴的です。価格が差別化の源泉になっていますので、徹底した固定費削減が必要ですが、固定費削減を風土や方針ではなく、会社のしくみにしているところが強いと思いました。
今後については、ますますIoTなどで需要は増えると思います。一方で「プリント基板」を使わずに、成型部品自体に配線まで済ませてしまうMID(Molded Interconnect Device, 成形回路部品)も出始めています。MIDは製品デザイン上の制約が少なく、部品点数の削減による軽量化、小型化が期待されるので、将来主流になる可能性もあります。
当面、MIDは大量生産製品でしか採用されないと思いますが、その試作などの需要は出てくると思います。その時、プリント基板とは異なるMIDの製造ノウハウ取得および協力会社管理をしなくてはいけません。
ピーバンドットコムは、生産設備を持たないファブレスですので、このような技術のブレイクスルーがあっても、設備の陳腐化に悩まされることはなく、管理ノウハウをリフレッシュし続けて顧客の期待に応え続けて行けば、長期的にも成長できる、と思いました。
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